
はじめに
前回はロケットと打ち上げ市場について解説しました。今回は、宇宙産業の「下流」に位置する衛星サービスの中でも、特に通信と測位に焦点を当てます。
スマートフォンで地図アプリを開いて現在地を確認する——この何気ない行為の裏側では、高度2万km以上を飛ぶ複数の測位衛星が働いています。そして今、あなたが読んでいるこの記事も、衛星通信を経由しているかもしれません。
衛星通信と測位は、現代社会のインフラとして不可欠な存在となっています。Starlinkは7,000基以上の衛星を打ち上げ、世界中でサービスを提供。GPSをはじめとする測位システムは、スマートフォン、カーナビ、物流、農業、建設など、あらゆる産業を支えています。
本記事では、衛星通信の仕組み、メガコンステレーション競争、世界のGNSS、日本のみちびき、そして今後の展望まで、包括的に解説します。
衛星通信の仕組み
なぜ衛星通信が必要なのか
地上の通信インフラには限界があります。
| 課題 | 説明 |
|---|---|
| カバレッジの限界 | 海洋、砂漠、山岳地帯には基地局を設置できない |
| コスト | 人口密度の低い地域では採算が取れない |
| 災害脆弱性 | 地震・津波で地上設備が破壊される |
世界人口の約30%(約25億人)は、いまだにインターネットにアクセスできていません。衛星通信は、この「接続格差」を解消する可能性を持っています。
衛星通信の基本構成

衛星通信は、以下の3つの要素で構成されます。
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 宇宙セグメント | 衛星本体(通信中継器を搭載) |
| 地上セグメント | 地上局(ゲートウェイ)、管制センター |
| ユーザーセグメント | アンテナ端末(受信機) |
軌道の種類と通信特性
衛星通信に使われる軌道には、主に3種類があります。
| 軌道 | 高度 | 遅延 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| GEO(静止軌道) | 35,786km | 約600ms | 1基で広域カバー、放送向き |
| MEO(中軌道) | 2,000-35,786km | 約100ms | GPS等の測位衛星 |
| LEO(低軌道) | 160-2,000km | 約20-40ms | 低遅延、高速通信向き |
従来の衛星通信は静止軌道(GEO)が主流でした。しかし、高度約36,000kmという距離のため、往復で約600msの遅延が発生します。これはビデオ通話やオンラインゲームには致命的です。
重要
Starlinkをはじめとするメガコンステレーションは、高度550km前後のLEOを使用します。遅延は約20-40msと、地上の光ファイバーに近いレベルを実現しています。
メガコンステレーション競争
3大プレイヤーの激突
現在、LEO衛星通信市場では、3つの巨大プロジェクトが競争を繰り広げています。

スペック比較
| 項目 | Starlink | Amazon Kuiper | OneWeb |
|---|---|---|---|
| 運営企業 | SpaceX | Amazon | Eutelsat OneWeb |
| 計画衛星数 | 42,000基 | 3,236基 | 648基 |
| 運用中 | 7,000基+ | 0基(2025年開始) | 634基 |
| 軌道高度 | 550km | 590-630km | 1,200km |
| ターゲット | 一般消費者、企業、政府 | 一般消費者、企業 | 企業、政府 |
Starlink — 先行者の圧倒的優位
Starlinkは、SpaceXが運営する世界最大の衛星コンステレーションです。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 運用衛星数 | 7,000基以上 |
| 契約者数 | 400万人以上(2024年) |
| サービス国 | 100カ国以上 |
| 月額料金 | 約120ドル(米国) |
| 通信速度 | 下り最大220Mbps |
Starlinkの強みは、自社ロケット(Falcon 9)で打ち上げられること。打ち上げコストを内製化できるため、競合他社より圧倒的に有利な立場にあります。
Amazon Kuiper — 巨人の参入
Amazonは2025年からProject Kuiperの本格展開を開始します。
| 強み | 説明 |
|---|---|
| 資金力 | 100億ドル以上の投資 |
| 販売網 | Amazonプライム会員へのバンドル |
| クラウド連携 | AWS(Amazon Web Services)との統合 |
Amazonは衛星端末を400ドル以下で提供する計画で、Starlinkの端末価格(599ドル)を大幅に下回ることを目指しています。
OneWeb — 企業・政府市場に特化
OneWebは、英国政府とインドのBharti Globalが出資する衛星通信企業です。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| ターゲット | 企業・政府・海事・航空 |
| 衛星数 | 648基(完成) |
| 強み | 通信事業者との提携 |
消費者向けではなく、B2B市場に特化することで、Starlinkとの直接競争を避ける戦略を取っています。
ヒント
Starlinkは、ウクライナ戦争において重要な通信インフラとして機能しました。地上通信が破壊された状況でも、衛星通信により軍事・民間の通信を維持。衛星通信の戦略的重要性が再認識されるきっかけとなりました。
衛星通信の用途
衛星通信は、さまざまな分野で活用されています。

主要ユースケース
| 分野 | 用途 |
|---|---|
| 海事 | 船舶のブロードバンド、安全通信 |
| 航空 | 機内Wi-Fi、コックピット通信 |
| IoT/M2M | 遠隔監視、資産追跡 |
| 災害対応 | 緊急通信、救助活動支援 |
| 離島・僻地 | インターネット接続、遠隔医療・教育 |
海事通信
世界の海を航行する約10万隻の商船は、衛星通信に依存しています。船員の福利厚生(インターネット、通話)から、航行安全、貨物管理まで、衛星通信は海上のライフラインです。
航空通信
機内Wi-Fiの普及により、乗客がフライト中にインターネットを利用することが当たり前になりつつあります。LEO衛星通信により、高速で低遅延な機内接続が実現しています。
災害対応
2024年の能登半島地震では、Starlinkが緊急通信インフラとして活躍しました。地上の通信網が壊滅した状況でも、衛星端末があれば即座に通信を確立できます。
測位システム(GNSS)の全体像
GNSSとは
GNSS(Global Navigation Satellite System、全球測位衛星システム)は、衛星からの電波を受信して位置を特定するシステムの総称です。GPSはGNSSの一種です。

世界の主要GNSS
| システム | 運営国 | 衛星数 | 軌道高度 | 精度 |
|---|---|---|---|---|
| GPS | 米国 | 31基 | 20,200km | 約3m |
| GLONASS | ロシア | 24基 | 19,100km | 約5m |
| Galileo | EU | 30基 | 23,222km | 約1m |
| BeiDou | 中国 | 45基+ | 21,500-35,786km | 約3m |
| みちびき(QZSS) | 日本 | 4基 | 準天頂+静止 | 約1m(単独)、センチメートル級(CLAS) |
GPS — 測位の元祖
GPSは米国国防総省が開発・運用する測位システムで、1973年に開発が始まり、1995年に全世界運用を達成しました。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 歴史 | 最も歴史が長く、世界標準 |
| 精度 | 民間向け約3m |
| 課題 | 米国の軍事システムであり、他国は依存リスク |
GPSは元々軍事目的で開発されました。1983年の大韓航空機撃墜事件を受けて民間開放されましたが、精度制限(SA:Selective Availability)がかけられていました。2000年にSAが解除され、現在は民間でも高精度な測位が可能です。
GLONASS — ロシアの対抗システム
ロシアのGLONASSは、冷戦時代に米国GPSに対抗して開発されました。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 強み | 高緯度地域での測位精度が良好 |
| 課題 | 衛星寿命が短く、維持コストが高い |
ロシアのウクライナ侵攻以降、西側諸国との技術協力が制限され、維持が困難になっているとされています。
Galileo — 欧州の自立したシステム
EUのGalileoは、民間主導で開発された唯一のGNSSです。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 精度 | 約1m(無料サービス)、センチメートル級(有料) |
| 自立性 | 米国GPS依存からの脱却 |
| 相互運用性 | GPSとの組み合わせで精度向上 |
BeiDou — 中国の急成長
中国のBeiDouは、2020年に全世界運用を達成した最新のGNSSです。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 規模 | 衛星数45基以上で最大 |
| 独自機能 | メッセージ送信機能(双方向通信) |
| 戦略性 | 一帯一路諸国への普及を推進 |
中国は軍事・経済・外交の観点から、BeiDouの国際展開を積極的に進めています。
重要
現代社会はGNSSに深く依存しています。金融取引のタイムスタンプ、電力網の同期、通信ネットワークの時刻同期など、測位以外にも時刻同期にGNSSが使われています。
GPSが機能停止すると、世界経済に1日あたり10億ドル以上の損失が発生するという試算もあります。
みちびき(QZSS)— 日本の準天頂衛星
なぜ日本独自のシステムが必要か
GPSは全世界で利用できますが、日本では以下の課題がありました。
| 課題 | 説明 |
|---|---|
| 山岳地形 | 山間部では衛星が見えにくい |
| 都市部 | 高層ビルによる電波遮蔽 |
| 高緯度 | GPS衛星が南に偏って見える |
これらの課題を解決するため、日本は独自の測位システムみちびき(QZSS:Quasi-Zenith Satellite System)を開発しました。
準天頂軌道の仕組み

みちびきの最大の特徴は、準天頂軌道です。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 軌道 | 非対称の8の字軌道 |
| 高度 | 32,000-40,000km |
| 効果 | 日本上空に常に1基以上が高仰角で見える |
通常の静止衛星は赤道上空に固定されますが、みちびきは8の字軌道を描くことで、日本の真上(天頂)付近に長時間滞在します。これにより、山間部や都市部でも真上からの電波を受信でき、測位精度が向上します。
みちびきのサービス
| サービス | 精度 | 用途 |
|---|---|---|
| L1C/A | 約1m | GPSと同等の基本サービス |
| L1S | サブメートル級 | SBAS互換、航空向け |
| CLAS | センチメートル級 | 農業、建設、自動運転 |
| 災危通報 | - | 地震・津波警報の配信 |
センチメートル級測位(CLAS)
CLAS(Centimeter Level Augmentation Service)は、みちびきの最大の強みです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 精度 | 水平6cm、垂直12cm |
| 仕組み | 補正情報を衛星から配信 |
| 対応地域 | 日本全国 |
| 受信機 | 専用チップが必要 |
従来のGPSでは数メートルの誤差がありましたが、CLASを使えばセンチメートル級の測位が可能になります。
ヒント
- 農業:トラクターの自動運転、精密農業
- 建設:建機の自動制御、測量
- 自動運転:車線維持、駐車支援
- ドローン:精密な飛行経路制御
測位精度の比較
さまざまな測位方式の精度を比較してみましょう。

測位方式と精度
| 方式 | 精度 | 特徴 |
|---|---|---|
| GPS単独 | 約3-5m | 標準的なスマートフォン |
| GPS+GLONASS+Galileo | 約2-3m | 複数GNSS併用 |
| RTK-GNSS | 数cm | 基準局が必要、リアルタイム |
| みちびきCLAS | 6-12cm | 衛星配信、基準局不要 |
| PPP-RTK | 数cm | 次世代方式、収束時間短縮 |
なぜ複数のGNSSを使うのか
現代のスマートフォンやカーナビは、複数のGNSSを同時に使用しています。
| メリット | 説明 |
|---|---|
| 精度向上 | 見える衛星数が増え、測位精度が向上 |
| 可用性向上 | 1つのシステムが使えなくても他でカバー |
| 信頼性向上 | 複数システムの相互検証 |
例えば、iPhone 15 ProはGPS、GLONASS、Galileo、BeiDou、みちびきの5つのGNSSに対応しています。
衛星通信市場の展望
市場規模と成長予測

衛星通信市場は急速に成長しています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 2023年市場規模 | 約300億ドル |
| 2030年予測 | 約800億ドル |
| 年平均成長率 | 約15% |
成長ドライバー
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| LEOコンステレーション | Starlink等による市場拡大 |
| コスト低下 | 端末価格・サービス料金の低下 |
| 5G/6G統合 | 地上通信との連携 |
| IoT需要 | 遠隔監視、資産追跡 |
| 災害対策 | レジリエンス強化の需要 |
課題と将来展望
| 課題 | 対応策 |
|---|---|
| スペースデブリ | デブリ除去、設計改善 |
| 周波数干渉 | 国際調整、技術開発 |
| 光害 | 衛星の反射率低減 |
| サイバーセキュリティ | 暗号化、耐ジャミング技術 |
ポイント
将来的には、衛星通信と地上通信(5G/6G)がシームレスに統合される「非地上系ネットワーク(NTN)」が実現すると予想されています。スマートフォンが自動的に最適なネットワーク(地上/衛星)を選択し、どこでも途切れない通信が可能になります。
まとめ
本記事では、衛星通信と測位システムについて解説しました。
ポイント:
- 衛星通信はLEOコンステレーションの登場で革命期を迎えている
- Starlinkが7,000基以上で先行、Amazon Kuiper、OneWebが追随
- LEO衛星通信は遅延約20-40msで、GEO(約600ms)より大幅に低遅延
- 世界には5つの主要GNSS(GPS、GLONASS、Galileo、BeiDou、みちびき)が存在
- みちびきの準天頂軌道は日本の地形に最適化されている
- CLASによりセンチメートル級測位が日本全国で利用可能
- 衛星通信市場は2030年に約800億ドル規模に成長見込み
次回は「衛星サービス(地球観測) - 農業・防災・気候監視への応用」と題して、地球観測衛星とそのデータ活用について詳しく解説します。
シリーズ目次
- 宇宙産業の全体像 - 100兆円市場の構造を読み解く
- 軌道とロケット - 再利用技術とコスト革命
- 衛星サービス(通信・測位) - Starlinkからみちびきまで(本記事)
- 衛星サービス(地球観測) - 農業・防災・気候監視への応用
- 宇宙探査と新興領域 - 月経済・宇宙製造・宇宙旅行
- 地政学と持続可能性 - 宇宙の軍事化とデブリ問題





