
はじめに
前回は宇宙産業の全体像を解説しました。今回は、宇宙産業の「中流」に位置するロケットと打ち上げサービス に焦点を当てます。
2015年、SpaceXのFalcon 9が世界で初めてロケット第1段の着陸に成功しました。この瞬間、宇宙産業は大きな転換点を迎えました。ロケットは使い捨てるもの という常識が覆され、「コスト革命」が始まったのです。
打ち上げコストは従来の1/10以下 に低下し、宇宙へのアクセスが民主化されました。Starlinkのような数千基の衛星を打ち上げるビジネスモデルも、この革命なしには実現しませんでした。
本記事では、ロケット技術の進化、再利用の仕組み、主要ロケットの比較、推進技術、そして世界の発射場まで、宇宙輸送の全体像を解説します。
ロケット再利用革命
従来型ロケットの問題点
従来のロケットは完全な使い捨て でした。数十億円かけて製造したロケットを、たった1回の打ち上げで海に落として終わり——これが宇宙開発の常識でした。
例えるなら、飛行機を1回飛ばすたびに機体を捨てるようなもの。これでは航空産業が成り立たないのと同様に、宇宙産業も本格的なビジネスに発展しにくい状況でした。
SpaceXの再利用革命
SpaceXは、ロケット第1段を地上に着陸させて再利用 するという革新的なアプローチで、この問題を解決しました。

再利用の4ステップ
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1. 打ち上げ | 9基のエンジンで衛星を載せた第2段を宇宙へ |
| 2. 分離 | 高度約80kmで第1段と第2段が分離 |
| 3. 逆噴射 | 第1段が反転し、エンジンを逆噴射して減速 |
| 4. 着陸 | 着陸脚を展開し、発射台または洋上船に着陸 |
重要
Falcon 9の第1段ブースターは、最大20回以上 の再利用に成功しています。1基のブースターが20回以上宇宙に行って帰ってくる——これは数年前まで想像もできなかったことです。
打ち上げコストの劇的低下
再利用技術がもたらした最大のインパクトは、打ち上げコストの劇的な低下 です。

コスト比較
| ロケット | 打ち上げコスト | 1kgあたりコスト |
|---|---|---|
| スペースシャトル | 約15億ドル/回 | 約54,500ドル/kg |
| 従来型ロケット | 約1.5億ドル | 約10,000ドル/kg |
| Falcon 9 | 約6,700万ドル | 約2,720ドル/kg |
| Starship(目標) | - | 約10ドル/kg |
Falcon 9は、スペースシャトルと比較してコストを95%削減 しました。さらにStarshipは、将来的に1kgあたり10ドルという驚異的な低コストを目指しています。
コスト革命が可能にしたこと
この劇的なコスト低下により、以下のビジネスが可能になりました:
- Starlink:7,000基以上の衛星を打ち上げ
- 小型衛星ベンチャー:少ない資金で宇宙ビジネスに参入
- 宇宙旅行:民間人の宇宙旅行が現実に
- 月・火星探査:より頻繁なミッションが可能に
推進システムの種類
ロケットの推進システムは、大きく化学推進 と電気推進 の2種類に分けられます。

化学推進
燃料と酸化剤を燃焼させて高温高圧のガスを噴射し、推力を得る方式です。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 推力 | 非常に高い |
| 効率(比推力) | 中程度 |
| 用途 | 地上からの打ち上げ |
| 燃料例 | ケロシン、液体水素、メタン |
地球の重力を振り切るには大きな推力が必要 なため、打ち上げには必ず化学推進が使われます。
電気推進(イオン推進)
電気エネルギーでイオン(荷電粒子)を加速して噴射する方式です。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 推力 | 非常に低い |
| 効率(比推力) | 非常に高い |
| 用途 | 宇宙空間での移動 |
| 推進剤 | キセノン、クリプトン |
推力は小さいですが、燃料効率が化学推進の10倍以上 あります。長時間かけて加速することで、深宇宙探査や衛星の軌道維持に使われます。
ポイント
日本の小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」は、イオンエンジンを搭載し、長期間のミッションを成功させました。電気推進は日本が世界をリードする技術分野の一つです。
燃料の種類と特徴
化学推進で使われる燃料には、主に3種類があります。それぞれに特徴があり、ロケットの用途によって使い分けられています。

ケロシン(RP-1)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 扱いやすい、低コスト |
| 欠点 | 効率はやや低い |
| 使用ロケット | Falcon 9(Merlinエンジン) |
| 推力 | ★★★☆☆ |
石油から精製される燃料で、常温で液体のため扱いやすいのが特徴です。SpaceXのFalcon 9が採用しています。
液体水素
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | 最高効率(比推力が最大) |
| 欠点 | 極低温(-253℃)で扱いが難しい |
| 使用ロケット | SLS、H3(日本) |
| 推力 | ★★★★★ |
最も効率が高い燃料ですが、-253℃という極低温 で保存する必要があり、設備コストが高くなります。
メタン(液化天然ガス)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 特徴 | バランス型、火星で製造可能 |
| 欠点 | 技術的に新しい |
| 使用ロケット | Starship(Raptor)、New Glenn(BE-4) |
| 推力 | ★★★★☆ |
ケロシンの扱いやすさと液体水素の効率のバランスが取れた燃料 です。さらに重要なのは、火星の大気(二酸化炭素)と水から製造できること。SpaceXがStarshipでメタンを採用した理由の一つです。
ヒント
SpaceXのStarship、Blue OriginのNew Glenn、中国の長征9号など、次世代の大型ロケットはいずれもメタン燃料を採用しています。「メタン時代」の到来と言えます。
主要ロケット比較
世界で活躍する主要ロケットを比較してみましょう。

スペック比較
| ロケット | 企業 | 高さ | LEOペイロード | 再利用 |
|---|---|---|---|---|
| Electron | Rocket Lab | 18m | 300kg | 部分的 |
| Falcon 9 | SpaceX | 70m | 22,800kg | 第1段 |
| H3 | JAXA | 63m | 6,500kg(GTO) | なし |
| New Glenn | Blue Origin | 98m | 45,000kg | 第1段 |
| Starship | SpaceX | 121m | 150,000kg+ | 完全 |
各ロケットの特徴
Electron(Rocket Lab)小型衛星専用の軽量ロケット。ニュージーランドから打ち上げ、高頻度の小型衛星打ち上げ市場を開拓しています。
Falcon 9(SpaceX)現在世界で最も打ち上げ回数が多いロケット。再利用により低コストを実現し、Starlink衛星の打ち上げにも使用されています。
H3(JAXA)日本の次世代基幹ロケット。2024年に打ち上げ成功し、国際競争力のあるコストを目指しています。
New Glenn(Blue Origin)Jeff Bezos率いるBlue Originの大型ロケット。2025年に初打ち上げ予定で、Amazon Kuiperの衛星打ち上げに使用されます。
Starship(SpaceX)史上最大のロケット。完全再利用を目指し、将来的には月・火星への有人飛行を計画。打ち上げコストを1kgあたり10ドル まで下げることを目標としています。
世界の主要発射場
ロケットの打ち上げには、専用の発射場(スペースポート)が必要です。発射場の立地は、打ち上げ効率に大きく影響します。

発射場の立地条件
| 条件 | 理由 |
|---|---|
| 赤道に近い | 地球の自転を利用でき、燃料を節約できる |
| 東に海がある | 打ち上げ失敗時の安全確保 |
| 人口密集地から離れている | 安全確保、騒音対策 |
主要発射場一覧
| 発射場 | 国 | 特徴 |
|---|---|---|
| ケープカナベラル | 米国 | SpaceX、ULAの主要拠点 |
| ヴァンデンバーグ | 米国 | 極軌道向け |
| ボカチカ | 米国 | Starship専用 |
| クールー | 仏領ギアナ | 赤道に近く、欧州の主要拠点 |
| 種子島 | 日本 | JAXA、H3ロケット |
| スペースポート紀伊 | 日本 | スペースワン、民間初 |
| 酒泉・西昌 | 中国 | CASC |
ポイント
赤道付近では地球の自転速度が最も速い(約1,670km/h)ため、この速度を利用してロケットを打ち上げると、燃料を約10%節約 できます。
欧州がフランス本土ではなく南米の仏領ギアナに発射場を置いているのは、赤道に近いからです(北緯5度)。
日本の発射場
日本には現在、以下の発射場があります:
| 発射場 | 運営 | 特徴 |
|---|---|---|
| 種子島宇宙センター | JAXA | 日本最大、H3ロケット |
| 内之浦宇宙空間観測所 | JAXA | 科学衛星、イプシロン |
| スペースポート紀伊 | スペースワン | 日本初の民間発射場 |
2024年、スペースワンが和歌山県串本町に日本初の民間発射場「スペースポート紀伊」を開設しました。小型ロケット「カイロス」による高頻度打ち上げを目指しています。
SpaceXの独走と競争環境
SpaceXの圧倒的なシェア
2024年の打ち上げ市場において、SpaceXは世界の打ち上げ回数の約60% を占めています。
| 企業 | 2024年打ち上げ回数 | シェア |
|---|---|---|
| SpaceX | 約100回 | 約60% |
| 中国(CASC等) | 約50回 | 約30% |
| その他(Rocket Lab、Arianespace等) | 約15回 | 約10% |
競争の激化
SpaceXの独走に対し、各社が追い上げを図っています:
- Blue Origin:New Glennで大型ロケット市場に参入
- Rocket Lab:中型ロケット「Neutron」を開発中
- ULA:Vulcan Centaurを投入
- 中国:長征9号で完全再利用を目指す
まとめ
本記事では、ロケット技術と打ち上げ市場について解説しました。
ポイント:
- SpaceXの再利用技術により、打ち上げコストは従来の1/10以下に低下
- Falcon 9の第1段は最大20回以上の再利用に成功
- 推進システムは化学推進(打ち上げ向け)と電気推進(宇宙空間向け)の2種類
- 次世代ロケットの燃料はメタンが主流に(Starship、New Glenn)
- 発射場は赤道に近いほど有利(クールー、種子島)
- SpaceXが打ち上げ市場の約60%を占め独走中
次回は「衛星サービス(通信・測位) - Starlinkからみちびきまで」と題して、衛星通信と測位サービスについて詳しく解説します。
シリーズ目次
- 宇宙産業の全体像 - 100兆円市場の構造を読み解く
- 軌道とロケット - 再利用技術とコスト革命(本記事)
- 衛星サービス(通信・測位) - Starlinkからみちびきまで
- 衛星サービス(地球観測) - 農業・防災・気候監視への応用
- 宇宙探査と新興領域 - 月経済・宇宙製造・宇宙旅行
- 地政学と持続可能性 - 宇宙の軍事化とデブリ問題





